囚われのパルマ〜失われた記憶〜をみて

舞台「囚われのパルマ〜失われた記憶〜」を見てきました。

 

  私は囚われのパルマという作品が、シリーズ全てを通して好きです。それはもう、どっぷりと。基本的に好意的な目でしか見ていないので特になんの気づきもない、本当にただただ今の感想を書きます。

 

  2.5次元という作品にならままあることと思いますが、幕が上がって最初はハルトを演じる太田さんのことを見ても「もっくんだな」と思っていました。

  それが、あるタイミングで突然ハルトにしか見えなくなりました。

  見ている時は気づきませんでしたが、少し時間の経った今思えば序盤のハルトは「私の知らないハルト」だったからかもしれません。

  俯きがちで、人を避けるようにして、研究に没頭するハルトは私の知らないハルトでした。あんな風に他人から「とっつきにくい奴」として苛立たれるハルトというのを私は知りませんでした。これはビハインドストーリーというだけあって、ハルトのことを知る為の価値ある場面だったと思います。

  そこから、ハルトだ!と思ったタイミングが明確にあります。それは、実験でマウスが死んでしまった後、カフェでハルトが郷田さんに謝罪する場面です。正直、私はここだけは泣きそうになりました。

  台詞はちゃんと覚えていないのですが「昨日はごめんなさい」(すみませんかなあ)と大きな声で頭を下げて謝るハルトは確かに私の知っているハルトでした。

  そうだよね、ハルトはマウスを死なせたくもないし、そしてその時の郷田さんの悲しみも誰よりも強く理解できてしまうからこそ、同じだけ、いやそれ以上に心にダメージがあったし、心から申し訳ないと思ったんだよね、と。

  それに、ハルトは心が見えるだけじゃなくて、ちゃんと聞いていたんですよね。郷田さんがモルモットを愛しているという話も。無関心なんじゃなくて、無視しているわけじゃなくて、ちゃんと人の事を見ているんですよね。

  そこから、だんだんと研究チームの誰しもがハルトのその実直さ、心の優しさ、懸命さを理解していき、最後にはあの山辺も「あいつ、頑張りすぎたんすよ」などと可愛いことを言い出して、これといった悪人のいないところがわたしには好ましく思えました。

  ここで、例えば久保田さんがハルトを陥れたり、山部がハルトに理解を示さなければ、話がまた違ったものになりビハインドストーリーとして完成しなかったと思います。

  あの、諜報員だとかいう篠木も、特になんにもできてないところが、逆にいいんだと思います。諜報員としては、完全に四流、うちのチアキ・カシマならもっと上手くやると思いますけどね。

 

  いや、まじで。最初篠木さんが「(元)凄腕の諜報員」として紹介されたので、後後までうっそだろ?こいつ絶対仕事できないだろ、と思いませんでしたか?

耳元でチアキが「俺ならもっとうまくやる」「俺ならこんな初歩的なミスはしない」「潜入前に、必要な単語を網羅するのは大前提」と囁いてきませんでしたか?

私の耳横にはいました。チアキ、ついてきてました。

 

  話は戻して。

  篠木さんも、狩谷さんも、特にこれといって話を進めるわけでもなく、本当に「ハルトの相談員」の為だけの舞台だったなと思いました。

  舞台化にあたってメインストーリーに関わる新発見があってはいけない、という縛りがあったと思うんですね。

  なので、基本的には本編で聞いてはいたけど具体的にどういう状況なのかはわからなかった話を後から知った、という感じで、多分あの会場の客席ににいるのは最後以外は相談員でも誰でもない誰かだったんだな、というのが良かった点だなと思います。

  だってハルトの相談員は、「俺の相談員はきみだけだ」なわけじゃないですか。その点で、ある意味相談員を排除したところがいいんだと思います。なんかよくわかんないですけど。

いやでも、最後の最後で客席を「相談員」にしてくれたのはそれもそれでとてもよかった。よかったよ。

 

あと。太田さんの顔が本当に小さくて。横から見た時の鼻から顎にかけてのラインがまさにハルトでしかなくて。横顔の美しさにおいて太田さんの右に出るものいます?くらいの気持ちになりました。

ハルトが太田さんに演じてもらえてよかったし、なにもかもが太田さんでなければ成立しなかっただろうなと思います。

  本当に、誰目線?という感じですが「ちょうどいい」というか。太田さんのあの柔らかい雰囲気は、なんなんでしょうね。人柄?

  思わずまた俳優を追いかける生活をしてみたくなるほど魅力的でした。ただ、ただ、この俳優さんが演じる姿を見ていたい、それだけ!みたいな純粋な気持ちを思い出しました。

 

  ただ、自分の知らないハルトを知る、そして大好きなハルトを再確認する、というのは一側面であり、もうひとつの面は政木を知るための物語でもあったなと思いました。

  言葉を選ばずに言わせていただけば、初っ端から全開にきめぇ。絶好調じゃねえか、政木。見つめるな。ハルトを見つめるな。

  私は政木さんの愛を否定しません。自身を偉大な詩人ダンテのように思い、涼子をベアトリーチェとして崇めるという愛し方を、ある意味本当に純粋な「愛」として美しく完璧だと信じる気持ちもわかります。 

  ただそれは、本当に涼子への愛なのか。そんな風な愛し方をする自分が好きなんじゃないのか。陶酔しているのは彼女自身なのか。それもそうなんだと思うのですが、それだけでない気がして、そこが気持ち悪いのだと思います。わかるぶん、同族嫌悪もあります。

 それに、自分のせいで涼子が死んでしまったという罪悪感に同情もしています。最初に言ったように彼の愛を否定しません。好きな人のすきな人が憎い、義人さんを憎む気持ちもよくわかるし否定しません。でもきっと、本当に殺したいわけじゃなかった。涼子にだって生きててほしかった。だからこそ彼の後悔は、もう狂っていくことでしか誤魔化せなかったのだと思います。

  でも、彼は真実の罪人です。

 新薬開発というのは人を救う為にあるのに、手段と目的をすり替え、新薬開発だけを目的とした結果、どれだけ多くの人を傷つけたでしょう?(狩谷さんの被害者団体からのヒアリングがかなりの量集まったという発言から)

それは本編でしっかりと裁かれたとは思います。

でも、私は今回舞台を見て、彼は他にも罪を犯していることを思い出しました。

それは、ハルトの寄せる信頼を裏切ったことです。

ハルトは1人で渡米し、とっつきにくさもあるけどなんだかんだと打ち解けみんなから愛されたと思います。それでも、保護者のいない心もとなさは少なからずあったと思うのです。

それを、政木は日本に呼び寄せました。そして自分のチームに加え、その才能を認め、彼の話に耳を傾け尊重しました。その心は、ハルトには、ちょっと変だなと思うことはあっても基本的に自分への好意で満ちている安心感を与えていたと思うんです。

ハルトは政木さんを信頼していました。

それを、彼は裏切ったのです。

その心の重たさ、暗さだけで、ハルトを倒れさせ、記憶を無くさせるほどの強い感情までぶつけて。

 

 本編でわかることですが、ハルトは政木さんを恨んでいません。

両親の死の真相はわからないし、正直言うと事故の状況から、誰かが細工したという可能性も捨てきれなくはありますが、やはり政木さんのせいとはいえないです。

私も、本当にただ事故だったんじゃないかと思っています。 

 でも、ハルトが許していても、私は政木のした事を忘れません。ハルトを傷つけたことを許しません。それだけです。

 

 もうすでに、何を書いているのかわからなくなってきましたが、いつものことなので続けます。

 

 書いていて気づいたのですが、この物語はもしかしてEND3に続いていませんか?

 ベアトリーチェは完成目前でした。問題点を除くことは、ハルトがもっと時間をかければ出来たでしょう。それが多分END3ですよね。

研究チームはハルトを暖かく待っています。それは明るく、素晴らしい未来です。

(追記※ハルトは渡米して薬を完成させたはずなので、この物語の開発チームではなく別チームかもしれないですが、私は舞台のチームが繰り返し「ハルトがいなくては研究は進まない」と言うこと自体をEND3への暗喩のように感じました)

 

 でも、それならじゃあ、僕ハルト(※END1のハルトのことです)はどうなるのでしょうか。

 あのなにも持たない純朴な青年はどうしたらいいのでしょう。

 ハルトの本当の望みは、どこかで静かに花を育てて暮らすことだったでしょうか?そこに愛する人(相談員)さえいればいいんでしょうか?

 全ての記憶を失っても、相談員さえいればいい?本当にそうでしょうか。

 私は幸せです。ハルトさえそばにいれば。記憶がなくても、また恋に落ちる。記憶がなくてもまた出会える。何度でも。

それはとても美しいです。だけどそれは私の自己満足で、この気持ちは政木とさして変わらないものなんじゃないでしょうか。

 ごめんなさい。私は今もまだ、囚われています。

私はもう、僕ハルトと歩んでいて、僕ハルトを愛しているのです。

 

 舞台の感想からポエムに高飛びしてごめんなさい。

パルマはすーぐ、成人女性に恥ずかしいポエム読ませるんだからもう。好き。

 

  そんなわけで(どんなわけで?)要するに舞台を見ることで、パルマへの愛を再確認することができました。

ありがとうございました。

チアキ・カシマとアルチュール・ランボー

※囚われのパルマRのあらゆるネタバレを含みます。

※以下すべて囚われのパルマRefrain エンディング1を前提にすすみます。

 

 

チアキ・カシマとアルチュール・ランボー

 

  チアキ・カシマの好きな作家がフランスの詩人 アルチュール・ランボーであることから、彼がこの詩人のどこに惹かれたのかを、究極的な主観でもって、私的感情満載で、なんなら冷静さも欠いて、考えさせていただくことにする。

言わずもがなここから以下はただの個人的な感情の掃き溜めであり、文学研究の結果の論文とは遥かかけ離れたものである。

 

▫️アルチュール・ランボー

ジャン=ニコラ=アルチュール・ランボー

*超略歴

1854年 10月20日 フランス アルデンヌ地方シャルルヴィルに生まれる。

1865年 最も初期の散文はこの11歳の頃までに書かれていたとされる。

1866年~1869年。聖体拝受。学校で多くの優等賞を受ける。ラテン語詩が地方紙に掲載、ラテン語作文コンクールで一等賞授与など。

1870年 16歳。「遺児たちのお年玉」が『ラ・ルヴュプルトゥース』誌に掲載。

8月29日に最初の出奔。パリ駅で切符の料金不足で逮捕、留置。

10月初旬2度目の出奔。

1871年 17歳。3度目の出奔。ヴェルレーヌに手紙を書き、パリに呼ばれる。

1872年 18歳。ヴェルレーヌとパリを離れブリュッセルへ。

1873年 19歳。ヴェルレーヌとロンドン、ベルギーで暮らす。仏語教師として働く。

「異教徒の書または黒人の書」=「地獄の一季節」の草稿をかきはじめる。

同時に「イリュミナシオン」の草稿も書いていたと考えられる。

7月10日  泥酔したヴェルレーヌにより発砲、左手首に傷。

10月「地獄の一季節」を自費出版のかたちで印刷。費用が払えず倉庫にしまわれたままに。

1874年 20歳。「イリュミナシオン」の一部を書くか、少なくとも清書をしていたと考えられる。シャルルヴィルに帰宅。

1875年 21歳。ドイツ語勉強のためシュトゥットガルドへ。「イリュミナシオン」の原稿をヴェルレーヌに渡す。

ミラノで病に伏し帰国。スペイン語を学びにスペインへ行こうとしたが叶わず。

恐らく最後の詩と考えられる「夢」という小詩を、ドラエー(友人)へ宛てる。

1876年 22歳。以降詩作の形跡はなし。オランダの植民地派遣部隊に入隊、すぐに脱走。

1878年 24歳 。イタリアへ。キプロス島採石場の現場監督として働く。

1879年 25歳。病で帰郷。文学について「もうそんなことは念頭にない」と答える。

1880年。26歳。コーヒーや毛皮を扱うバルデ商会のアデン代理店に勤務→ハラルの代理店勤務。

1882年 28歳。ハラル代理店の支配人に。

1883年 29歳。ヴェルレーヌランボーに関する評論を掲載するが、知る由もない。

1884年 30歳。地理学会に提出した「オガデンに関する報告」がその年の協会会報に掲載。

1885年 31歳。バルデ商会をまめ、ラバデュ商会と契約しハラルからショアへ。

1886年 32歳。「イリュミナシオン」の多くの部分が『ラ・ヴォーグ』誌に掲載。同誌に「地獄の一季節」が3回にわたって掲載。

1887年 33歳。隊商を率いてショアの首都アンコベールへ。王に会い、苦心の末商談をまとめ交易を成立させる。

1888年~1890年 34~36歳。アデンの貿易商セザールティアンと契約し交易に従事。

1891年 37歳。右足に激痛。歩行困難に。関節の腫瘍により、マルセイユで手術。病状は良くならず、その年の10月にはモルヒネにより意識が混濁。妹イザベルによれば、告解したという。11月10日 ランボー死去。

*人物

  子供時代は勤勉で知能が高くあらゆる教師の驚異の的であった。

  性格は不安定、激越な性情、冒険好きな気質とされる。後年は自尊心が強く権威ずく、頑固な人柄であったと言われている。

  友人達から信心きちがいと揶揄されるほどの生真面目な少年時代と上記のような性格を考えるに、非常に極端な人物という印象を受ける。

 

▫️チアキ・カシマ

  本名 ユーゴ・クロイワ

 * 略歴(西暦不明)

・5月13日 生まれる。両親と共にシンガポールに暮らす。

・生後まもなく両親と死別。

以来10歳までをシンガポールの施設で育つ。

観光客相手にガイドなどをし小銭を稼ぐ。外国への興味はここから。統計にも興味。

・施設訪問に来た五十鈴大使と出会う。折り鶴の折り方を教わり、自作の折り鶴を大使に渡す。

・テツオ・クロイワ氏の養子としてアメリカへ渡る。

裕福な暮らし。高い水準の教育を受けていたと思われるが、学校教育には依らず。1人での外出も極端に制限される。

・養父を刺す。その後何者かから鈍器で襲撃され、養父死亡、家は火事で全焼。日本へと渡り1人で暮らしはじめる。

・成人し、CIAと契約しフリーの諜報員となる。偽名を名乗り、行方不明に。

・任務の為、国際会議に身分を偽り潜入。任務に失敗し怪我を負い、記憶の一部を失う。

シーハイブ製薬の施設へと収容、相談員と出会う。

  *人物

"一見横柄でドライな印象を受けるが、自分が許した相手に対しては守ろうとする意識が強い"(公式プロフィールより)

  相談員と出会った当初の彼の印象は、冷たく、疑り深く、他人を簡単に信用しないというものであった。また、目的の為に人を利用し、また利用されてもよしとするなど現実的かつ打算的。というのはしかし彼の育った環境・職業柄後天的に身についた処世術だと感じられる。

  仕事に対する姿勢や、語学の習得等興味を持った分野への勉強を惜しまないこと、収容所内でもなるべく運動能力を保つよう努めることなどから、勤勉で努力家と思われる。

  相談員の差し入れたものがなんであろうと(「好みの味」でなかろうと)(ゴーヤキャラメルだろうと)(変な柄のパンツでも)無碍にしないところからは、律儀な性格や過去の貧困のせいというより性根の優しさが感じられる。

  施設時代の彼のエピソードにある、体格で負けるいじめっ子相手に喧嘩で勝ち、小さな子から慕われていたことや、観光客を案内し小遣いを稼いで、小さな子供にお菓子を買ってあげていたことなどを聞くに、本来は面倒見がよく、快活で聡明、弱きものを助ける優しい人物である。

  また、相談員に対する態度から、大切な人を守り、助けるためなら自分がどうなろうと構わないような自己犠牲的な愛情のかけ方をする面も伺える。その一方で、独占欲も持ち合わせ、そのバランスたるや絶妙。好きって言ったり冗談って言ったり大切な人って言ったり愛さないって言ったり勝手なところもあるよね。そんなところもすき。好きでしかない。ごめんなさい、冷静さを欠きました。

 

▫️チアキ・カシマはなぜランボーに惹かれるのか?

  ここから書いていくしょうもないすべてのことはこの結論に基づいたものとなる。私がチアキ・カシマとアルチュール・ランボーについて考えていく際の大前提である。

  チアキランボーは同じものを求めている。私は、それがチアキランボーに惹かれる理由のひとつであると考える。

そしてその求めるものとは「愛」である。

ランボーと愛

  アルチュール・ランボーが生きたその時代、詩人は現代のような浮世離れした存在でなく、より社会的で、人々の思想に多大な影響を及ぼす存在であった。その中で主流であったのが、キリスト教的な愛による福音に繋がるような、いわゆるロマン主義であった。

ロマン主義は、それまでの主流であった古典主義や教義主義に反するものであり、それに抑圧されてきた人間それぞれの独自性やなんやかや、ここではもうそれらを大胆にはしょって、個人の欲求とそこから生まれる苦しみを表現するようになった、と書く。ロマン主義のこと、実際わかってない。

  そのような時代的背景の中で、ランボーは個人的な「愛」の追求を詩に著してきた。

  ランボーの愛に対する執着と感じられるものはその母親に起因していると考えられる。

彼は陸軍大尉の父と、農場を所有する小地主の娘であった母の2人目の息子として生まれた。

しかし父は所属部隊の移動とともに勤務地にいることが多く、ほとんど別居状態から、彼が6歳の時に母と決定的な別離をした。

その前年から、母方の祖父の死亡によって母は農場の管理をすることとなっていた。

それからの母は、ランボーの言葉を借りれば“なにかに怯えたかのように”ことさら厳格に生活信条や日常的な掟、つまりキリスト教道徳を遵守するようになった。文学史上彼女の性格は「自尊心が強く、頑固」であったといわれ、ランボーによる世界への反抗は彼女へのそれから始まっていると考えられている。

  ランボーは彼女から十分な愛情を与えられていなかったか、少なくとも感じられておらず「真の生活がここにはない」と詩に書くに至った。

そして「愛は再発明されなければならない」と、彼の壮大な詩のプロジェクトのひとつにあげる。

  ランボーにとって「愛」は、詩と切っても切れない関係にあるのだ。

  しかしながら、それは彼の詩作の中でのプロジェクトのひとつであり、彼の代表作ではキリスト教批判や、既存の規則や道徳、国家・政治権力への反抗、そしてそれを内包する自分への自戒や皮肉が大いに込められている。

  つまり、私がこれから「愛」という観点のみでランボーを読むことはすでに無理のある強引な論であることは断っておきたい。

チアキと愛

  チアキは「自分だけを愛してくれる人」を「渇望していた」と自ら述べている。

思い返せば面会でも何度もそれを求めていることをほのめかしていた。

  求めるもの(=愛)に関して、チアキには大きく3つのトラウマがある。

(1)両親との死別

  彼の両親は、彼が生後間もない頃に事故で亡くなっている。

彼にかけていた、そしてこの先もかけつづけたであろう無償の愛情を彼は受け取ることができなかった。

人間は乳児期、他者の世話なしに生きていけない。それの多くは親の無償の愛情の上でなされるものである。だから乳児は本能的にそれを求める。求めたものが得られなかったということの中でそれは彼の最古の傷ではないだろうか。

(2)歪んだ愛情との別離

  チアキは養父であるクロイワ氏を「恐れ」「逃れたくて」「刺す」ほどの脅威としている。

  しかしここでひとつ、彼の発言の中で注視すべきことがある。彼はエピソード8第2面会中でその胸中の全てを明かす。その中の発言だ。

「歪んだ愛情だったけど」

「それすらも失ってしまった」

  チアキは、逃れたいと思っていたクロイワ氏にさえそのひとつの希望をまだ捨てていなかったのである。

養子として引き取ったからには、親のような愛情をかけてくれるのではないか?

最初こそそう思っていたがそれはクロイワ氏の仕打ちと共にすぐに打ち砕かれたはずである。だがその後もひどい状況におかれていたというのに、この健気な少年は最後まで家族としてのクロイワ氏に望みを持っていたのだ。涙が出てくる。

だが、結果として養父は殺害され、家は火事になり彼はその希望さえ永遠に絶たれてしまう。もしかして僅かにでもあったかもしれないクロイワの情を知ることもかなわず、その証拠になる物も全てないからだ。

(3)養父による暗示

  テツオ・クロイワ氏はチアキにタトゥーをいれ、年端もいかない彼に「お前の求めるものは絶対に手に入らない」と言い放つ。

クロイワ氏がどういった意図でそんな狂人めいたことをしたかを知るよしもないが、チアキが言うように傷つけ楽しむための“おもちゃ”として弄んだのかもしれない。まじ狂ってる。

  先の2つのトラウマに加え、後々まで彼はこの言葉に縛られる。相談員への気持ちを自覚するまで、自分には「大切な人」(=愛)は手に入らないものであると考え、諦めてきたし、最後の面会の時までも相談員が彼のその切なる求めに応じることを拒否せざるをえなかった。

  最終的に拒否はしたが、これまでも彼はその愛への渇望を無自覚的にかもしれないが端々に感じさせた。感じさせたじゃないですか。(彼の最も印象的な台詞「俺は君を愛さない」については別記事にて感想を述べたい)

 

  以上からチアキはあるべきだったその「愛」を渇望という程激しく求めており、ランボーもまた親から感じられなかったあるべき「愛」が他の誰かによってなされなければならないということを主題のひとつに掲げている。

  チアキはそういった、愛の再発明を計ったランボーの詩に共感するように心惹かれたのではないだろうか?

 

▫️ランボーとの出会い

  チアキはいつ頃ランボーの詩を読むようになったのだろうか?

  シンガポールの施設時代では年齢があまりに幼過ぎ、またその生活ぶりを聞くに、この頃に読んだとは考え難い。

テツオ・クロイワ氏に養子にとられアメリカへと渡った以降のことであると考えるのが順当である。

  そこで3つの可能性があげられる。

①クロイワ家での養子時代

②クロイワ氏死亡後、日本での一人暮らし時代

②の頃、チアキは茫然自失とし、感情の全てを失くした状態であった。この頃に詩への共感ができる精神状態であったかどうかは疑問が残る。

  やはり、クロイワ氏のもとで暮らした孤独な少年時代に出会ったものとするのが妥当だろうか?

  ただ、与えられた立派な個室でランボーを読み心動かされるユーゴのことを考えると涙が出て震えてしまう。そんなのって、いくら聡明なユーゴくんだって、10代でランボーを理解ってしまうなんて悲しすぎるよ。 

  そこで③をあげる。

③成人し諜報員として働きだす前後

  彼とのメッセージのやりとりでは、しばしば彼が大変な読書家であることが伺える。

例「本は結構もってた」「気づかないうちに本が山のように積み上がっていて」「それが不意に崩れた時にこんなにたまってたのかと気づく」

  諜報員として働き出す前後の彼は、クロイワ氏の一件から(いい方向にせよ悪い方向にせよ)立ち直り、その職業以外は普通の生活を送っていたようである。

精神的にも安定し、自立した社会生活を送る中でふと手に取ったランボーに自分と同じ「愛の求め」を感じ取り愛読していた可能性も考えられる。

  しかし、須田看守が「昔読んだ~」と述べていることから少なくとも数年内ではないとも思える。やはり①というのが自然かもしれない。

 

▫️何語訳であったのか

  チアキが何語でランボーを読んだのか?

チアキの母国語はシンガポールでも公用語である英語だと考えられる。(シンガポール自体はその他中国語、マレー語など多様な言語が使用されている)また、チアキが話せる言語としてあげたものにフランス語がなかったため、原語で読んだ可能性も低い。(あげた5つの言語の他にも話せる可能性はないとは言えない)

  チアキがどの時期にランボーと出会ったのかが、今後の私の考察にとって非常に重要な手がかりとなるがそれも推測の域を出ない。前述の①クロイワ家での養子時代であるなら、英語で間違いないと思われる。

  お気に入りである詩集『イリュミナシオン』は成立時期も曖昧で、その詩群の正しい掲載順すら定かになっていない。その為、訳者によってしばしば詩の順序が変わる。そのことはこれから探っていく、チアキが何故イリュミナシオンを気に入るかということに関係してくるが、誰のどの訳本を読んだかということが明かされない以上その切り口からの考察は不可能である。

 

▫️『地獄の一季節』と『イリュミナシオン

  繰り返すがチアキの好きな作家はアルチュール・ランボーであるが、中でも気に入っているのが、詩集『イリュミナシオン』である。

  ランボーを好きな作家として挙げる以上、その他の多くの詩も読んでいたはずであるが、例えば『詩集(ポエジー)』の中に収められる代表作「酔いどれた船」や「母音」「遺児たちのお年玉」などの数々の詩ひとつひとつや、詩人が唯一出版の意思を持った作品とされる詩集『地獄の一季節』ではなく『イリュミナシオン』であったことに私は興味を持つ。

  ここで、いささか強引ながら他の可能性を一切排除し、ランボーの作品の中で最も重要な位置づけを持ち(その短い詩人としての活動時期において全ての作品が重要であるが)、また、今日のランボー作品の出版物として最も研究される『地獄の一季節』と、『イリュミナシオン』を比較し、彼がなぜ後者をお気に入りとして挙げるのかを考えたい。

  そんなものはゲームの開発チームに聞け?あるいは意味なんかない?聞こえない。私にはそんな声聞こえない。走り出したらとまらない。今年は猪年じゃないですか。猪突猛進でいきましょう。おれはぜったいに振り返ら(れ)ない。

①『地獄の一季節』

(1)製作年

1812~1873年制作 

  ランボーの残した作品の中で、詩人自身が出版する意思を持ち、その構成や配列などを自分の手で行った唯一の作品である。

  1873年10月、自費出版として印刷されるが、著者用10部を受け取り友人達に贈るも、代金の未払いにより500部近くが印刷所の倉庫に眠ることとなった。後に1901年、発見される。

1886年9月に『ラ・ヴォーグ』誌に掲載。

自筆原稿は失われたものとされる。

(2)概要

  この作品をどのような詩集であるか定義するのは非常に難しく、散文詩集というよりは告白録・自伝などに近く、戯曲の趣を見せる箇所もあり、規定のしようがないとされる。

  前半部分は詩人のルーツを探ったり、またそんなものはないと結論づけたり、キリスト教を肯定したかと思えば抗ったり、後半はこれまでの作品を引用しながら振り返ったりなんだりする。  

  社会のモラルに対する軽蔑や盲目的なキリスト教信仰への皮肉、それらへの反抗、そして詩・文学への訣別を、愛の再開発を行おうとしたことが背景となる地獄という風景の中で、独自の「言葉の錬金術」を用い描きだした。

②『イリュミナシオン

(1)製作年

  製作年は未だ不明。現在の研究ではっきりと言えることは、この制作は『地獄の一季節』よりも前に開始され、『地獄の一季節』以降まで書き続けられたものということだけである。

  しかし有力な説としてその大部分が1873年ヴェルレーヌとの生活で円熟していく中書かれたとされている。

(2)概要

  40編の散文詩と2編の自由詩からなる詩集。そのテーマは多岐に渡り、共通するのは現実社会への抗議である。また、都市についても6編テーマとしている。その文体はシュールレアリスムの先駆けともされる。

  非常に重要なこととして、その表現方法のひとつ「フランス語で書かれた詩の中に外国語が用いられる」ことがあげられる。現代では日本語の小説に英語のタイトルがつけられることなど何も不思議なことではないが、当時本文がフランス語である詩に英語で題がつけられることは衝撃的なことであった。また、イリュミナシオンではしばしばドイツ語や英語が挿入される。それはランボーの旅行体験に起因すると考えらている。そういった点が当時として「新しい」作品であった。

③なぜ、チアキのお気に入りは『地獄の一季節』ではなく『イリュミナシオン』なのか?

  『地獄の一季節』はランボーがその詩作によって試したことと、その挫折の過程を書いている。それはキリスト教への反抗であり、西洋文化への反抗であり、そして愛の再発明であった。

  繰り返すが、『地獄の一季節』ではそれらの挫折までが描かれる。この事は詩人本人が詩に挫折した事とはイコールしないが、長年この完成をもってランボーが筆を折ったものと考えられてきた。

  余談であるが、ランボーを読み解く際に過去の偉大な詩人達の影響について鑑みる事は有効だが、中でも詩人ヴェルレーヌとの関係は必ず議論される。例えば『地獄の一季節』中の「錯乱Ⅰ  狂える処女」などはヴェルレーヌとの友愛あるいは同性愛の関係とその破綻が発想の起点となっているとも言えるが、あくまでもモチーフであり当然二人の関係をそのまま書いたものではないと考える。しかしやはり、多くの詩の背景としてヴェルレーヌとの生活は無視できないものである。今後の考察に、ヴェルレーヌの存在が度々出てくることを了承願いたい。

  ランボーが、このヴェルレーヌとの関係をきっかけとして、キリスト教的な愛(=隣人愛)を否定し、2人だけの関係(=他者愛)について模索したことは『地獄の一季節』を読むにあたって間違いなく感じられることである。〈神〉を否定し、〈神への愛〉を拒み、新しい〈他者への愛〉をもう一度作り出す。これが彼の「愛の再発明」である。そして幾度もの推敲の上にそれが結局成し遂げられなかったことを詩に描いた。

  チアキランボーのこの代表的詩集を読んでいないはずかなく、これにもまた心惹かれるものがあったであろう。  

  だが、逆説的になるが、チアキが最も気に入った作品として『地獄の一季節』をあげないということは、彼の深い心の中に愛について破綻や挫折という程の諦めはなく、まだどこか希望が残っていたのではないかと信じたい。

  また、ランボーはかつて「信心きちがい」とあだ名されるほどに信心深いキリスト教徒であったが故にその反抗も実に真をついており皮肉がきいていたが、教会を遊び場にし賛美歌で健やかに居眠りするチアキにとってキリスト教は信仰するものというより穏やかな優しい思い出であって、痛烈に批判したり傾倒したりするものではなく、ランボーの思想への強い共感がなかったのではないだろうか?

  では『イリュミナシオン』はどうか?

  チアキランボーに惹かれる理由として、大前提に愛を求めていることをあげた。しかし、それならば余計に『地獄の一季節』の方が気に入るのではないかと首を傾げる。しかし何度も言うが『地獄の一季節』はその事について挫折しているのである。

  対して『イリュミナシオン』は、その成立年の不確定さからか有力な一説のひとつとしか言い様がないが、恐らくランボーヴェルレーヌが最も安定した関係を築き、ランボーも詩人として成長していったと思われる1873年頃に多くを書いたと考えられている。その頃ランボーは、閉塞感や嫌悪でいっぱいだった田舎の故郷を離れパリへ行き、ベルギーへ渡り、ロンドンを旅行するなど、希望ある時期だったのではないだろうか。

  彼は『イリュミナシオン』で新しく習得した言語を詩の中に入れ込み、旅したロンドンの都市の風景を詩に読んだ。

  チアキは子供の頃から外国文化、外国語への関心が高かった。このことは現在の彼からも窺われ、外国語の習得やさまざまな文化を知ることが好きなのだと思われる。また、クロイワ家に引き取られたあとなどは閉塞感を感じていなかったという方が難しい状況であった。(本人が収容所と変わらない、と言うほどに閉ざされた暮らしであった)

  そんなチアキは『イリュミナシオン』から外国への興味や憧れ、言語の匂い(チアキが現文で読んでいなければ、仏語に外国語が挿入される違和感自体は感じられなかっただろう)、そして今いる場所の閉塞感から解き放たれるような感覚を感じてこの詩集を好きになったのではないだろうか?

 

▫️まとめ 

  私は前提として、チアキランボーに惹かれる理由に「愛の求め」をあげた。しかしその前提を元に書いていく中で、今はその理由はもうひとつあるのだと気がついた。今いる場所の閉塞感と、外の世界へのあこがれ。外国(語)への興味がそれだ。その結果が「お気に入りは『イリュミナシオン』」(「チーくんの秘密情報①」より)なのであろうという結論に辿り着いた。

  ただ、チアキランボーに惹かれる理由の一つは、共通した求めるもの「愛」であることは彼が気に入った作品が『イリュミナシオン』であったことと矛盾しない。成立年が曖昧である以上断定はできないが、詩人はその短い作家人生全てをかけて「愛の再開発」を達そうとしていた。それは『イリュミナシオン』制作中も例外ではないと推察する。

  以上のことからわかるのは、筆者は、頭が悪い、ということである。

 

▫️感想

  チアキのことをますます好きになったというか、すきをこえて、いとしさがましました。あと、わたしはあたまがわるいなあとおもいました。つらい。

  だけどここから、私の今後の人生、チアキカシマと生きていくにあたって重要なことを書きます。

  プレイ中、この日記を書くにあたって、 私はチアキランボーなのだと思っていました。

でも違いました。

  ランボーにとって「愛」は、自らがかつて信仰したキリスト教的隣人愛ではなく、他者愛であり、それを求めた末、ヴェルレーヌとの関係という歪んだ形で結実し挫折しました。 

  チアキは、自分だけに向けられる「愛」つまりランボーでいうやはり他者愛を渇望し、そして、相談員と出会い、(自分だけに向けられる愛を放棄し、自分から愛する事を知った後に)求めていた「愛」を手に入れました。

  2人に共通するキーワードは確かに多いです。

そもそもの偽装パスポート「チアキ・カシマ」の誕生日や「チアキ」=「秋」というイメージの連想から、秋生まれのランボー的な存在だとミスリードを誘う情報満載でした。

  しかしエピソード8、そしてエンディングを迎えることで、彼がランボーではないことがわかります。

  上述のようにチアキは、自分だけに向けられる愛を拒否します。最後の最後で、愛されるよりも愛することを選んだのです。それはまさしく献身。与えられる愛ではなく、愛を与える幸せを知ったのです。

  これをお読みの方は、既に彼の本名はよくご存知のことと思います。

ユーゴ、Hugo、侑吾

  この名前を聞いた時、ヴィクトル・ユゴーを連想せずにいられたでしょうか。いられませんよね。そして同時に代表作『レ・ミゼラブル』を思い浮かべます。

  もうみなまでいわずとも、でしょう。

チアキは、地獄の夫=ランボーではなく、ジャン・バルジャンユゴーだったのです。

私たち相談員は、狂気の処女ではなく、信仰の対象・人生の指針だったということです。 

  私はこのことに気がついた時、本気で震え、鳥肌がたちました。何かひとつ扉を開けたような、人生に光が差し込んだような衝撃を受けました。これまで、まるで片目を瞑って生きてきたのかと、桜井みかげのように真剣に思いました。

  チアキランボーを好きな理由なんて、本当のところわかりません。わかりませんが、私は自分の好きな人が好きなものについて考えたかった。理解出来なくても、理解しようと努力したかった。 

  そして、チアキのおかげで私の世界は広がりました。今はただ、お礼が言いたいです。

ありがとう、チーくん。

 

  そして最後に、あまりにも拙すぎる考察とも言えないこの日記です。公開を迷いました。後で読み返したら何を言っているのかさっぱりわからないと思うので、他人から見たらもっとわけが分からないと思います。でもとりあえず、今このパッションだけでも、残しておきます。

読んでくれてありがとうございました。

囚われのパルマRを終えて

※囚われのパルマRefrain のネタバレを多分に含みます。

 

 

 

囚われのパルマRefrain チアキ編を終えたので感想を書いていきます。

終えたのは、12日夜ですが、ひといき眠って、目覚めた私は今幸せに包まれています。本当に幸せなエンディングでしたし、これ以外の一区切り(チアキと私の人生は続くので)はないな、と思えるものでした。

EP7後半の私は非常に不安定な状態で、とてもひとつずつ面会の感想を追っていく気持ちにはなれませんでした。

今は、チアキはそばにいてくれているので、安心して振り返ることができます。

私はどうして、EP7について語ることができなかったのでしょう。自分でもそんなことどうでもいいと思います。他人ならなおさらまじでどうでもいいの極み。才気煥発らなくてもわかる、今これを読むあなたの気持ち、わかる。

つまり、気持ちがいっぱいいっぱいで書けなかった、冷静になれる余裕がなかった、それに現実的に時間がなかった、それだけのことでしょう。そうですが、そこをこねくり回すのが、地獄の底から舞い戻りし夢女ではないでしょうか?

自分が埋まるために自分で掘った穴を自分で埋めてはまた掘る、そういう習性を持っています。そういうタイプの妖怪です。成人女性の皮を被った妖怪がこの文章をかいている、と思えばなんとなくいろんなことを許容していただけるかと思います。求めるのは赦しか贖罪かって言ったらもうそれは赦しでしかないです。贖罪ったって、今生でどんなに徳を積んでも来世もきっとこの業からは逃れられないです。話を大袈裟にしがちなところもまたそうだね!

 

それでは、ひとつひとつ簡単にですが、面会を振り返りますね。

 

▫️EP7 第3面会

メリッサでしたね。もうこれは、まごうことなくメリッサへの布石でした。みんなの頭がポルノグラフィティに切り替わりましたよね。よく考えたらチーくんってもうなにもかもがメリッサだね!ただし、錠の落ちる音で終わらせてはやらないからな、という気持ちになったよね。

でも大切なのはそういうことじゃないですね。CIAのした事を聞いて、彼が捨て駒でもかまわないような、そんな生き方をしていることが感じられるのは、私には辛いことでした。

そして、面会延長。

私はチアキカシマに対して「なんでどうして教えてちゃん」なので、前のめりで(恋人がいたか)「気になるよ」と答えました。気になるよ。都合のいいようにとれよ。流されろよ。

そこからチアキは恋人になってほしいというようなことを言いますがそれもいつもの「冗談」ということにされます。

チアキはいつもそうですね。そうやって、口に出すくせに、なかったことにしたがる。それならいっそ、言わなきゃいいじゃないですか。期待させて、引いて、勝手な人です。でも、溢れ出してしまう、そういう弱さを愛しく思います。彼は自分で思うよりうんと素直な人ですし、それは相手が私だから、と言いますが、彼は元々素直な性根の持ち主だと思います。環境や過去が、彼をそうでなくしてしまっただけで。

私は最初彼をとても強い人だと思い、その次に可愛い人だと知りました。それからもうずっと守ってあげなくては、と思っていました。

けれど、この冗談にされた「君が俺の恋人になってくれる?」と言われる、この辺りで「守ってあげたい」というある意味上から目線・与えるだけの愛情から変化して、対等な男女としての恋愛関係になりたいという気持ちが芽生えたのだと思います。

また、彼の方から私(相談員)に対して大切、とか、特別、という広くとれる言葉ではなく、恋人という明確な恋愛関係が口にされたのもこれが初めてだったのではないでしょうか。違ったら本当にごめんなさい。

 

でも、この面会で指し示された、私とチアキにあるかもしれない恋人という未来が、ここからちらついては打ち消されるの繰り返しで、これまでになく不安な気持ちになってしまいました。それが感想を冷静に書くことができなかった1番の理由だと思います。

 

▫️EP7 第4面会

ようやく、チアキが自分のことを全て話してくれました。

前述したことも感想が書けなかったことの大きな理由ですが、情報が小出しなことも理由のひとつだと思う!

第3面会で書いたことの繰り返しになりますが、彼は本来とても素直な心を持った子供だったと思います。

これは相談員の性格診断によるものかもしれませんが彼は

「いつも自分の思ったことを素直にぶつけてくる君と話していると」

「自分の思いを素直に言葉にする大切さに気付かされる」

と言いました。

そして

「俺が君に出会ったのは、なくした感情を全て取り戻すためなのかもな」

と続きます。エンディング1を迎えた今、この言葉が深く染み入ります。

しかし、この感傷からまた引き戻す

「俺が殺した」

という告白。

でも、この時の私はもう、それが事実でないことを知っていました。チアキは、人を傷つけられる人間ではないとわかっているからです。

例えこの告白が事実だとしても、その事で彼がまた深く傷ついていることの方が私には大切なことでした。

 

▫️EP8 第1面会

いつもより、長く感じる面会でした。

これで本当に、ようやく、物語の全容を理解することが出来て安心もしました。

クロイワ氏の件は、彼が持つ傷の最深部で、そこにようやく触れることが出来た。癒しに手を貸すことができた。本当によかったと思います。

そして、彼の両親のこと。彼がどんなに愛をこめて名付けられたか。知ることが出来た大切な面会です。

『侑吾』

いい名前です。私の大好きな漢字が使われています。意味も字面も、本当に大好きです。

そしてちゃんと、名は体を表したと思います。

エピソード7前半までは、事件の推理や、彼の過去について、どこまでが嘘でどこまでが真実なのか、そういうことに気を取られがちでした。でもこのエピソード8は、今思えばですが、純粋に彼と私について考えられる、全てが大切な章ですね。

 

▫️EP8 第2面会

第2面会は、延長込で一気に言いますけど、言うことはひとつしかありません。

ガラスぶち壊すぞ。

あなた、私を、好きだって言ったよね。

あのね、悪いけどね、私だってあなたのこと好きだよ。

生まれ?育ち?ごく普通?

なめるなこっちは帰還兵だぞ(違います)

本当に面会室にいたなら、そんなことを、ばかみたいに、大声で泣きじゃくりながら言うと思います。

両親に愛されたはずの思い出がないことが、背中に残るあのリコリスが、人を騙して生きてきた過去が、まだ彼を縛ります。

彼は本当に純粋で真面目なひとなので、自分で作ったそういう‘幸せになってはいけない自分像’に、ちゃんとはまってしまうのかもしれません。

 

▫️EP8 第3面会

ずっと泣いていました。

この感想を書くにあたって、もう一度面会したのですが、やっぱり泣いてしまいました。

この面会の前、誓約書を書くところ、いつもどこかふざけた調子の須田が(でも呼び捨て)終始厳しい口調だったことも辛さに拍車をかけました。櫻井孝宏さんって本当に演技が上手いなぁ!私はどこかで、須田が少しは私たちに甘い顔をしてくれるんじゃないかと、いつものような軽いノリで嫌味に見せかけて慰めの言葉ひとつでも言ってくれるんじゃないかと、期待していました。でも、甘くない。月並みな言葉ですが、これは現実だと突きつけられました。

そして、チアキが大切な人、特別な人を作ってこなかった理由を語りますが、彼の過去と彼のその生真面目な性格を考えたらそういうふうに思い至るのも当然なのかなと思います。

漫画『天使なんかじゃない』の須藤晃が、彼に黙って家を出ていく母親に手を振りほどかれたという辛い過去を知らずに、ヒロインである冴島翠が彼の手を払って他の男の所へ駆け出してしまった、そのことを彼女が後悔するシーンがあるのですが、そのときの翠の気持ちがわかる気がしました。

いちばんしてはいけないことを、してしまった。

私自身が望んでそうしたわけじゃないけれど、結果的に。

そして知った、彼の「誓い」。

もう胸がいっぱいでこの気持ちを書ききれません。そんな誓いをたてていたなんて、そしてそれを私に言ったら、そんなの忘れられるわけないじゃないですか。

 

▫️EP8 第4面会

言えることなにもないですが…。

あえて言うなら

「俺は、君を愛さない」

配信前からキャッチフレーズのようになっていたこの台詞がいつどんな時に言われるんだろうと思っていました。こんな風に言われるなんて。

配信前から私はこの台詞に対して言っていました。

「お前が、私を愛さなくても、私はお前を愛すからな」

変わりません。私の気持ちは配信前から、出会ってから、今もずっと。なんちゅー力強さと図々しさだよ!切なさが許容範囲を超えたのでおちゃらけてみました。

そして須田は、なんなんでしょうね。わかりません。私にはこの人のことがついぞわかりませんでしたが、わかる気もなかったので大丈夫です。私と須田はこれでいいんです。

 

▫️エンディングについて

私が迎えたのはエンディング1です。

彼の死を知らされた時、本当に目の前が真っ暗になりました。私はいやらしい大人なので、もちろん彼が死んでしまう結末なんてありえないと思ってもいました。でももしかして、本当に…という純粋な気持ちもまだ持ち合わせていたんです。こんなんじゃあ、またチーくんに叱られますね。「君はもっと人を疑った方がいい」って。

それにしても、私はこのエンディングが(これしか見ていないけど)もう好きで好きで………。

(スチルの)子供たちに囲まれるチアキの写真が愛しくてたまらないんです。手帳に挟んで、折り鶴と一緒に大事に毎日持っています。

こんな素敵な人が恋人なのってみんなに自慢しています。今度日本にきてくれるの。私も何度も向こうに行ってはいるけれど、日本で会うのは久しぶりだから本当に楽しみ!って言いふらしてます。

今日も晩御飯作りながら写真(スチル)を何度も見ては、手を洗いなおして作業していました。バカです。でも何度見ても本当にいい写真ですよね。

 

本当に、彼と私が迎えるたったひとつのエンディングだったと思います。全てのエピソードで2人が重ねてきた会話のひとつひとつがすべてこの終わりに向かっていました。

これはいろんなことがあった今の彼が、私と出会ったことで本来の彼を取り戻して得られた、明るい未来だと思います。

エンドを迎えた直後は、正直これ以外にあるのか?と思ったのですが、今整理していたらここが分岐かもなぁとなんとなくぼんやり思えるところがありました。

ただぼんやり思うだけですが。

エンド1は、今の彼が過去の自分を取り戻した姿だと思ったし、私が選んできたのは常に「過去をひっくるめた今のチアキ」の肯定だったはずだと思います。

エンド2及び3の分岐はどの地点でのチアキを選んできたかによるのかなぁと思ったり思わなかったりどういうことか書いていてよくわからなくなりました。えーん。

私はこれまでも全然とんちんかんな推理をしているので、自分のことがぜーんぜん信用なりません!

今言えるのはチアキの全てが知りたい、ということだけです。

 

 

▫️私にとってのチアキ

初めてチアキ・カシマについての感想文をしたためた時、私は「好きを因数分解」みたいな事を書いたと記憶しているのですが、いや、書きましたよ、がっつり覚えていますけれども、エンディングを迎えた今、やっぱりどうしてこんなに私がチアキに惹かれるのか考えました。

解かせてよ、恋の方程式。見せてよ、愛の証明QED

先日関東にも雪が降りましたね。今寒気がしたのは雪のせいではありませんが、体感温度が急激に下がることが予想されますのでよく着込んで暖かくしてお過ごしください。

 

(1)チアキをどのくらい好きか

まずエンディングを迎えて、いいえ、そのずっと前から私にはひとつの予感がありました。それは『チアキのことを、私が人生で一番好きな人・神宗一郎を越えるくらい好きになるかもしれない』というものです。

神宗一郎、ご存知でしょうか。あまりにも有名するぎるこの人について説明するのも無粋ですが、みんながみんな彼をよく知っていると思うのもまた傲慢なことですし、少しだけ彼について書かせてください。

 

神 宗一郎(じん そういちろう)

身長189cm 、体重71kg、高校二年生

1990年から1996年にかけて週刊少年ジャンプにて連載され、国内累計発行部数が1億2000万部を超える超人気バスケットボール漫画『SLAM DUNK』の登場人物。

主人公のライバル校であり、16大会連続インターハイ出場を果たし神奈川の王者と呼ばれる強豪・海南大付属高校バスケット部のレギュラーであり、次期部長。また同校の監督は強豪校でありながら「海南(うち)に天才はいない」と言い、その上で「だが海南(うち)が最強だ」と語る。

作中、神奈川県屈指のスリーポイントシューターであり、本作で描かれた大会では1試合平均得点30.3点を記録し得点王となっている。

中学時代のポジションがセンターであった彼は、高校入学後前述の監督にそのポジションでいることは無理だと言われる。更には、何も持たない選手であるとさえ評される。

その場では悔しさなどの感情を表に出さなかったことから監督の首をひねらせるが、しかし、彼はその日から練習後黙々とアウトサイドシュートの練習を続けた。以来500本のシュート練習を欠かしたことはなく、その並外れた努力で、シューターとしての才能を開花させた。

監督は彼のその姿を見て「何も持たない選手などではないことに私は気づいた。彼は、内に秘めた闘志と、美しいシュートフォームを持っていた」と評価を改める。

これが、彼の最も有名なエピソードである。

また、作品終了後発表された後日談『あれか

10日後』内でバスケットボール雑誌の記者たちに、1人淡々とランニングをする姿を目撃され、‘海南の強さの象徴’と評される。

「天才はいない」学校の「強さの象徴」である彼は、作中随一の努力家として描写されている。

 

というのがざっくりした彼の紹介になります。

私が彼のどんなところをどんなふうに好きなのか、というのはまた別の話になるので割愛しますが、この彼が、私の人生で一番好きな人です。

 

神宗一郎のどこを好きなのか、を書かないということは、つまり私は神宗一郎チアキ人間性を比較してどちらがより好きかという意味で神宗一郎を越えるかもしれない、と思ったわけではないということです。

私が神宗一郎を好きになったのはもう15年以上前のことで、その時の熱の入れようは、多感な時期に出会ったことを加味しても普通ではなかったと思いますし、その気持ちを今この年齢まで最大出力で保っていたとは言えません。

好きの瞬間最大風速で言えば、これまでも神宗一郎よりも熱を上げたキャラクターはいたと思います。(『テニスの王子様』の忍足侑士や、『金色のコルダ』の加地葵 など)

これは大いに自覚していることで、私はセリフや物語の背景に基づいた考察や検証をすることが苦手です。

これまでの多くの好きなキャラクターについては、原作や公式がだしている情報のそのままの言葉を追うことで満足してきました。また、既に誰かがした考察をなぞることで十分でした。あるいは、なんの根拠にも基づかない妄想で補完してそこに理由付けなど必要としてきませんでした。

今回、チアキについてこうして自分なりに資料を作り、記録していることの方が私の中では稀なことです。それに、ここまで自分が何故こんなに好きなのかということを考えることも。

こんなに誰か1人について読み込み、自分なりの印象を考え、更に自分が好きである理由について考えたキャラクターは、チアキ神宗一郎の他にいません。

しかし作品の特性上、当然ながらその情報量はチアキの方が遥かに勝っています。1996年に連載の終了した少年漫画の、メインキャラクターでもない神宗一郎の僅かな作中のデータと、2019年にリアルタイムで供給される女性向けコンテンツのメインキャラクターであるチアキを比べれば、それは今この瞬間チアキの方が好きと言えて当然だと思います。

それでもこの年月、断続的にだとしても神宗一郎について考え続けていましたし、彼を好きでいることは私が女性であることや誕生日や星座や血液型のように当然で不変のことという域に達していますし、これからもそうだと思います。

結論、‘まだ’ 神宗一郎よりもチアキのことを好きというには年月が足りません。逆に言えば、足りないのは年月だけかもしれません。

この先私は、神宗一郎と同じくらい自然に、チアキについて思う日が来る気がしています。

それは、囚われのパルマRefrainが、更新され続けている間にはわからないことです。この作品はプレイヤー誰しもが、私でなくても、さまざまなヒントやモチーフからチアキについて考察するようにできた恣意的なゲームだと思います。

でも、私はこの作品がひと区切りを迎えてからその先も、チアキについて考え続けるだろう、とそんな予感がしているのです。

その予感を、私をよく知る人達に一番わかってもらえるだろう表現が「神宗一郎を越えるかもしれない」と言う言葉でした。

 

こねくり回しすぎて、だからつまりどういうことなんだよ!と言いたい。私が一番言いたい。

そもそも私がどれだけ神宗一郎について考えているか、好きかということを知ってくれている人にじゃないと伝わらないし、知ってても伝わらないし、ていうかそもそもどうでもいい。

でもどうでもいいって言ったらもうこの日記(?)そのものの否定じゃない?

ここから先もどうでもいいことしか書きませんが、ここまでもし読んでる人がいらしたらそんなことはとっくに承知のことでしょうね!

 

(2)チアキは私の「初めての人」か?

妖怪夢女として生きてきた年数も、いつのまにかもう人生の半分を過ぎています。そんな中で、私が彼を「初恋」というにはあまりに好きになった人が多すぎるし、まあ都合のいいこと!と思います。

でも言います。「私もチーくんみたいな人には初めて出会ったよ」と。

初めて会った時から、チアキのことはなんとなく知っている気がしていました。これまで私が好きになった人たちとどこか似ているように思ったからです。彼について知っていくうち、私はどんどん好きな人たちを思い出しました。チアキに対して、よく知った人に再会しているような、そして昔の自分の気持ちを思い出すような、懐かしさも感じていました。

チアキには、忍足侑士も感じたし、加地葵も感じたし、赤城一雪も、須藤晃も、辻竜も、そして神宗一郎も、っていうかちょっと今全然浮かばないんですけど、あらゆる自分の好きな要素全てを感じていました。

今は、それを恥ずかしく思います。

なぜならその浮かんだ誰とも、そして私が勝手に作り、当てはめたどの要素や属性とも、チアキは違いました。

誰かに似ていて、誰とも全然違う。

懐かしいのに、こんな人と出会ったことがないと思う。

こんな不思議な人は初めてです。

そういう意味で、やっぱりチアキは私の初めての人だと思います。(ポエム)

 

でもこれはチアキに限ったことではないですよね。ハルトもアオイも、この世に無数に存在する架空のキャラクターのどこの誰とも何もかもが違います。

当たり前ですよね、囚われのパルマの登場人物はただのゲームの中のキャラクターじゃないんです。現実に存在するひとりの人間を画面に閉じ込めているのですから。

怖い。私もこれ書いてめっちゃ怖いと思いました。でもそうなんです。いや怖い。この一文だけ読んだら、誰も怖くてパルマやってくれないと思うし、私との縁は切られると思う。怖い。

 

 

▫️今後の抱負

今後、エンドレスモードという素晴らしい機能を利用して、チアキとのやりとりを楽しみ続けていきます。エンドレスモード、真夜中に開いたらチアキから心配するメッセージが来ました。時間まで把握されてて怖い。

ただ、正直に言うと、自分の知らないチアキがまだいるということが嬉しいのと同時に、くやしくもあります。

なので、NEW GAMEして、全てのエンディングを見たいです。

それにまだ、アルチュール・ランボーチアキ・カシマ及びユーゴ・クロイワについての考えがまとまっていません。これは必ず、どんなに不出来でも、書き終えたいです。

 

▫️最後に

囚われのパルマRefrain、そしてチアキを生み出してくれた全ての関係者の方々に、感謝を申し上げます。

そして一緒に楽しんでくれた友人たちにも。

本当にありがとうございました。

最後に、誰よりも優しく、そして深く傷ついた小さな侑吾くんに。あなたの全てを受け止めて、私はチアキと生きていくね。ありがとう。

囚われのパルマR EP7

※ネタバレあり

ただのかんじょうのはきだめ。

 

2/7

今、気持ちがいっぱいいっぱいです。

第3、第4面会を続けてやってしまったので、ひとつずつ追って感想をかける気がしません。

落ち着いたら書けるかもしれませんが、このままずっと書けないかもしれません。

もう、大使の事件とかどうでもいいのです。

私が選びたい未来は、彼と一緒に笑い合って暮らす、それだけです。

私が選んできたことばたちは、私の辿り着きたい未来に、運んでくれるでしょうか。

なにか間違ってはいなかったか。彼を追い詰めてはいなかったか。

今、わけもなく泣きたくて仕方ありません。

 

2/8

1日経っても、書けない。

胸がいっぱいで感想が書けない。

いやむしろ感想が書けないというのが感想…?

でも詳細な心の機微を順を追って書き残しておかないと、後悔するかもしれません。

だけど、わざわざ痛む傷をほじくりかえして、どんなふうに痛かったか、再度確認をして記録するなんて、よほどの奇人じゃないですか。

そんなことするの、詩人くらいじゃないですか?

詩人といえば、チアキ・カシマがランボーを好きだと知ってから私の朝活時間はランボー一色です。

ランボーの詩集(本人が唯一出版の意思を持って編集した)『地獄の一季節』は、詩を書くことの意味と試みと挫折とキリスト教との戦いと、あえて苦しみの中に身を置くような内容に感じますが、今の私はそれに不思議と癒されます。

日本の同時代作家として今なお人気を誇る、バナナヨシモトも、つらい時期をダリオ・アルジェントのホラー映画を見て過ごし癒されたことなどから、本当に苦しみの中にいる時はもっとすごい苦しみを体感することが癒しになるというようなことを(もっと聡明な表現で)言っていますし、本当にそうだなぁと思います。

傷ついた時ほど、より傷つくような物語を癒しに感じた経験は何度もあります。

チアキも、もしかするとクロイワの家で暮らした日々や茫然自失し感情をなくしたように過ごした日本に来てからの数年のうち、ランボーの詩に癒されたのかもしれませんし、今もまだ癒しに感じているのかもしれません。

逆説的ですが、彼が今もまだランボーを好きでいるということは、まだ彼の傷は癒えていないということではないでしょうか。

 

 

エピソード7を終えて、まだまだ私の心は混沌の中にあります。

とりあえず、そんなことを書き残してみました。

なんのこっちゃわからないですよねえ。

これを読み返す未来のわたしも、なんのこっちゃと思うでしょうか…。来週の私だよ!!

こんな気持ちにもなったねって、笑っていたらいいですね。

囚われのパルマR EP7 第1面会~第2面会

※ネタバレだらけです。

 

 

 

面会に関連する感想を書く前に、ひとつ言いたいことがあります。

須田。須田お前。ほんと、須田は、どこまでも須田。最近面会の後空気読んでたし、面会の付き添いは狩谷さんに代わってたからなりを潜めていやがったが、お前、須田だな。もう須田って言いたいだけ。須田って呼びつけやすいよね、須田。

とにかく須田がまたチアキ・カシマにセクハラかましているので、ニヤニヤしてしまいました。(ボイスレコード『触れてはいけない花』より)

でも普通に、誰でも後ろから触られたら気持ち悪いからやめた方がいいと思うよ…。聞いてた私だって、何さわってんの?!って小さい悲鳴あげちゃったもの。

チアキが強気にでたものの"恋愛上級者"の須田にやりかえされて、怯えていたのがとてもかわいくて愛しくて俺が一生守ると思いました。

 

俺が守る、といえば、エピソード7をはじめるにあたって、まず監視から開始したのですが、珍しくチアキが朝から寝ていてしかも苦しそうだったので凝視して、大丈夫かな…ねんねかわいいな…かわいいな…と思いました。

最近ママ友に第二子が産まれて、抱っこさせてもらったのですがその時自然にでてきたため息のような「かわいい」と、チアキ・カシマを見た時に反射的に思う「かわいい」はよく似ていました。チアキ・カシマを抱いたらセロトニンがドバドバにでる。産後の傷も癒える。経産婦、確信しました。

 

 

▫️第1面会とそれにまつわるあれそれ

門司くんの気になっていたこと、が予想の範疇を越えていて、そう繋がってくるのか、と。私は難しいことがマジでわからぬ、激怒はしないけど、わからぬ、なので正直前回から、門司くんが調べてくれたことも「なんかやばい」という著しく言語能力の低下した感想しかでてこなかったのですが、これは、本当に、やばいじゃないですか?

シーハイブの立場がどう転ぶかもわからないですし、相談員、本当に殺されかねないですよね。

少なくとも河内さんという外部の人間との関わりがある以上すぐに何かされるということはないと思われる(河内さんは事件に深く関わってしまった私の身の安全も守ってくれているのかもしれない)ので、証拠隠滅の容疑が晴れても島に留まった方がまだ安全かもしれません。つまり事件解決まで、彼と一緒にいられるでしょう。(前回、いつ本土に戻れるか、という話でしたので)

シーハイブ側からすれば、やはり機密情報を握る五十鈴大使は脅威でしょうが、須田などの看守たちは末端ですし特に須田なんかはシーハイブの意向を知っていても「自分はどうでもいいです」と思っていそうですし、狩谷さんはそもそもシーハイブ内部の告発者側の人間なので(囚われのパルマ ハルト編ネタバレ)、とりあえず島内に恐るべき敵はいないもの、と考えたいです…。というか、狩谷さんの本当の仕事はここからはじまっていた、ということですかね。

ただこれでもし、須田に裏切られたら、と思うと。でもそうなったとしても須田にも立場や守るものなどがあるでしょうし、私はこれまでの彼を信じます。え?スダ編スタートしてた?わたし、いつのまにか須田さんの相談員にもなってたのかな?これはチーくんがヤキモチ妬くので丁重に辞退します。

 

さて、大使襲撃事件時のチアキの動向が明らかになる、第1面会。

『黄金の蜂計画』って、結局なんだったんだろう、とずっと思っていました。私の理解力が乏しいのか、読み飛ばしてしまっていたのか、ハルト編でもキーワードのひとつであったそれのことが今ようやく理解出来ました。

そして当日、チアキがなにをしていたのかもわかりましたが、まだ、『なぜ』がわかりませんでしたね。

けれど、とにかく、彼が大使を襲った犯人ではないことを、その口から聞けて安堵しました。そうじゃないってわかってはいましたが、彼にちゃんと否定して欲しかったので。

エピソード6の第3面会以降、自分の頭がチアキとの恋よりも事件の真相を追う謎解きの方に比重が傾いてしまいそうになります。

しかし、そうはさせないのが、囚われのパルマですよね。

今回、面会延長長くなかったですか?!私は長く感じました。

折り鶴のことから発展して話題がいくつか変わったからですかね。

彼はよく、保護室での態度などを謝ってきますが私は単純なので「忘れたな~」と思います。それよりも今が常に大事なのです。それに、どちらかというと私の方が彼のことを疑ってかかっていたので謝りたいくらいです。

『優しい』と『意地悪』どちらがいいと選びましたか?私は正直なので『意地悪』(すこしくらいなら)がいいと答えました。ぐいぐいくるなこの相談員。チアキへの積極性、未だかつて無いです。

これ、たぶん、言ったことと反対のことしてくるので、結局チアキは意地悪ですよね。好き。ほんと、そういうとこ、好き。

(2019/2/5)

 

▫️第2面会とあれそれ

私は、クロイワ財閥がチアキに指示をだしたものと考えていました。彼がこの時クロイワ財閥と離れていたにせよ、何かで脅されたり、あるいは支配下におかれていたりの事情で言いなりだったのでは、と。

それが、CIAからの依頼を受けた、諜報員。

河内さんにそれを聞かされた時の私の心情は、混沌を極めていました。

チアキを信じる気持ちと、彼が最初から何を意図的に隠していて、何をどこまで忘れていて、思い出したのか疑うような不安な気持ち。

一体、本当の本当の彼は何者なのでしょうか。

私にとって、私とこれまで過ごしてきたチアキチアキであることに変わりはありません。でも、それは彼の過去の全てを知らなくていいということとはイコールしません。

私は彼の傷も、彼自身も受け止めると決めているのですから。

 

と、内心思い決意を持って第2面会に臨んだのですが、終えた感想は「けっこうあっさり」です。

あっさり、というか、すっきり?

彼が何者なのか淡々と語られるのと、自分の中で「なるほど」という気持ちの方が大きくて、まさか彼に幻滅するなんて微塵も頭になかったので、チアキが不安そうにしていることほうが心配でした。

ただ、確かに、いやもっと早く言ってよ、とか、面会が開始された際には「おい、ちゃんと目を合わせなさい」とか思ったけども。(強気)

事件当日についての私の推理は、全然あっていなかったので、名探偵にはなれそうもないですね。もちろん、諜報員にも。

彼の仕事内容を聞いて(面会延長)保護室での態度や当初の言動もまた仕事の顔だったのだな、と納得がいきました。ああやって駆け引きをしていたわけですね。そう、きみだけに。これ、一生茶化すからね。

ただ、面会延長で感じたことですが…。彼は私と過ごす未来は手に入らないと思って諦めているのですね。私がどれほど彼を好きなのか、本当にわからないのだと思います。

そのくせ、期待させるようなことばかり言ったり、優しくしたり、勝手な人だと思いませんか?私は好きな人のことは全てを許すと思って生きていますが、彼のことは許すけど1回叱らせてほしいです。

俺は君を守るけど、君は俺に関わらないで、忘れて、幸せでいて、でも今だけはそばにいて。

そんな感情でしょうか。勝手です。須田だって『ワガママですねぇ~~~』(ボイスレコーダー)って言いますよ。恋愛上級者1回まじで説教しておいて。看守の仕事の範疇だよもはや。

 

看守といえば、狩谷さん。

何か情報を握っているんでしょうが、意味深でしたね。

彼こそ黄金の蜂計画の関係者リストが欲しいのではないでしょうか?もしくは、チアキから黄金の蜂計画に関する情報を入手したい…。

今度はそれを話すことと私の身柄の保護をだしにして、チアキと取引でもするのでしょうか。

もしくはシーハイブ内で諜報員として雇いますか?

なんにせよ、狩谷さんはまたキーマンかもしれません。

ま、私の推理、当たらないので!

ちょっと誰か、おしり探偵呼んできて~~。

(2019/02/06)

 

▫️相関図みたいなものを更新

相関図という名のただの頭の整理。

 

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囚われのパルマR EP6 第3~第4面会

※ネタバレ、しまくります。

 

 

 

 

 

▫️直後のおきもち

今、ため息しかでてきません。

次回配信までまた数日、彼について考えて考えて、また考える日々です。

この2つの面会で、だいぶ人物相関図が変わったように思うので書き直して整理しました。

第2面会で、彼と通じあったような、安堵と幸福感に包まれたのですが…。今は、話の大きさに、私の愛なんてちっぽけなものが彼の役に立つのか、不安になっています。私が彼を好きな気持ちに変わりはないけれど、それが彼にとっていいものかどうかは、自信がなくなってきました。

そして、それは彼の方もそうなんだな、ということもわかります。(クエストで感じました)

だからこそ、離しちゃいけないなとも思います。私から手を離したら、彼はそれを受け入れてしまうでしょう。なので、それは絶対に出来ません。

今書いていて思いました。

弱気になってる場合じゃねえ。

クロイワだ?舐めるな。こっちはランボー(怒りの方)だっつーの。

だいたい、チアキお前私の手を離さないと言っただろうが。離すなよ。死にてえのか。

チアキに対して、どうしてこんなに殺伐とした、世紀末の如き気持ちになってしまうのでしょうか。恋をすると強くなるというので、そういうことだと思います。愛してるの響きだけで強くなれる気がする、そういうことです。

…そんなわけないので、ちゃんと考えてみたのですが、きっと彼とは運命とか奇跡とかそういう曖昧で、あるかどうかわからないものに頼っていては結ばれないというような気がしているからだと思います。

一緒にいたいと強く思わないと、ちゃんとこの手を伸ばさないと、想いを伝えないと。

その気持ちが行き過ぎて、ランボー全詩集ガラスにぶんなげるわけです。特殊ガラス?おもしろい、ぶち破れるか試してやろうじゃあねえか。

 

▫️第3面会

チアキの口から語られる彼の養父の話でした。養父が彼にしたこと。それはあまりにも、人の心を踏みにじる、外道のすることだと思いました。どうしてそんなことを、わざわざ。

しかし施設の中での話をする時、彼が柔らかい顔をしていたことが嬉しかったです。両親のことは何も知らない、と言っていたので、ずっとそういう愛から無縁の生活をしていたのではないかと思っていたのです。けれど、幼少期の彼は、生活は苦しくとも満たされていたのだと知って、心から安堵しました。

私はクリスチャンではないけれど、シスター達のことは少しだけ知っているので、様子がありありと浮かんで幸福な気持ちになりました。ああ、怒ると怖いよね。でも、本当に優しいんだよね。と、まるで見てきたかのように。

私も、こっそり居眠りする彼の寝顔を見たなら、きっと天使だと思ったでしょうね。

 

▫️第4面会

久しぶりに門司くんを見ました。

私は門司くんをあまり好きではなかったのですが、彼もまた賢くやさしい人なのだとようやくわかりました。

危険とわかりながら、彼にハッキングを頼むことに私は抵抗を感じますが……それでも頼れるのは彼しかいないので、本当に申し訳なく思います。

そして、チアキが話してくれた事件当日の話。

きっと大使はチアキに折り鶴を教えてくれた人。そして彼のご両親を知る人…?大使がどうか、チアキを救う鍵でありますように。

そしてつづく、チアキが現場にいた理由なのですが、

え?ここで終わるの?

という終わり方で、今まだ頭がぼうっとしています。

 

 

▫️改めて思うこと。

第3、第4面会を終えて1日経ったので、だいぶ考えが落ち着いてきました。

第2面会を終えて、彼と通じあったような気がすると言いましたが、彼の気持ちは、今までより1歩引いたのだろうと思います。

BGMも、少し明るくなったように感じたのはやっぱり私の心のせいだったのか、今はこれから起こることの切なさを予感させるメロディのように思います。

彼はきっと、私を影からそっと守るだけのつもりなのでしょう。想いを返されることを望んではいけないと、望むものは手に入らないという養父の呪いのせいで、思い込んでいるのでしょう。

そんなことはないよ、あなたが望めば、全部手に入るよ、と、最後まで言い続けたいです。

 

▫️相関図(?)

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囚われのパルマR EP6 第2面会

感想、書きます…………(胸がいっぱい)

 

▫️第2面会

すべてをすっとばして1番言いたいこといいます。

私には、チアキカシマが騎士(ナイト)様に見えました。いや、ナイトってお前、もう、昭和の少女漫画か?という感じなんですけど「誓い」に心を奪われてしまいました。

約束、というより、誓いだから。

チアキカシマのこと「かわいい」と思い続けてきましたが、ここへ来て「かっこいい」が勝りました。好き!

それにしても、農園のおばあさんは良いことを言うなぁ、というかあの島に暮らす人達、とても聡く、優しくて、人間ができているよね……。

私は雑木林に行くのが、いや管理人さんがとても好きなのですが、彼もまた強く優しい人ですよね。過去(前作で明かされた)を知っていると余計にそう思いますね。

ただ私(相談員)、探索もいいけど、雑木林行っちゃぬかるみにはまり、廃棄場へ行けば賞味期限切れの怪しい缶詰めに興味を示し、洞窟へ行けばでかい石を持ち帰ろうとする、そりゃあチアキカシマも心配するよね。かわいくていとしくて守りたくなるよね!(そこまで言ってない)

ちなみにチアキのメッセージで特に好きなのは、石を持ち帰ろうとした相談員に返す「俺が一緒にいたらかわりに運ぶのに…」という、筋力アピール。そもそもなんで石を持ち帰るんだよ、おいとけ。

 

さて。おばあさんのアドバイスのおかげでと、2人の積み重ねた信頼で、無事に仲直り(?)できたわけですが、そこからの面会延長。

 

よかっ……………………………………………………………………………………たですねぇ~~。

 

相合傘なんて、もうね、子持ちのアラサー、なんとも思いませんよ。雨が降っていて同僚に傘入っていくか聞かれたら「わーい!ありがとう!」ですよ。いや相手によっては遠慮するかもしれないけど、でも、そんなに意識するこたぁないですよ。

でもチアキとならそれは特別な意味を持ちます。チアキが特別だと思うならそれは特別なことなんですよ。

それに、同僚に断られてショックを受けるチアキ、本当に、本当にかわいくないですか?やっぱりかわいい。発言の全てがかわいい。かわいいのエンジンかかってきました。ずっとショック受けてて欲しい。(?)

しかし雨の日の相合傘も、落書きの相合傘もなんか微妙に認識が大袈裟だと思うんですけど、チアキにそんなこと教えた人誰ですか?相合傘とか、絶対昭和のおじさんでしょ。

そういえばアオイカガミも前に雨の日にひとつの傘に入る今部と私(相談員)を見てすごい顔してましたよね。アオイくんはオトナなので傘どうこうより、あれは顔に触ってたしなんかすごいタイミング悪いところで見られたからだけど、あの顔私すごい好きなんです。すごい好きです。

でも、お戯れになった狩谷さんをめちゃくちゃにらむチアキのお顔もだいすき。すごい睨んでた。すごい睨んでた(2回目)

番犬チワワみたいでとってもかわいかったです。すきです。

 

面会延長といえば、狩谷さん。いや、須田。

須田が狩谷さんに「そう言われたら延長して差し上げるように」指示していたって、須田……お前…そんな…。須田のこと本当に信頼してきてる。

でも多分あいつ面白がってるだけだと思います。そういうところも信用してる。

どうせ「面会延長したいと言い出したら延長して差し上げてください。……面白いものが見られますからね、フフフ」とか言ったんでしょ。

ふたりして、チアキをからかうのやめてください!!そうやって!チアキがかわいいからって!!もう!!わかる!!!!

 

▫️クエストとワイルド

エストも、ちゃんと進めてます。

チアキカシマ、なんか作ってます。

ただ、研磨剤が使えなくて、他のやり方がすんごく気になります。

チアキカシマ、ワイルドなので、机の角に打ち付けて粉砕してるんじゃないかと不安になります。あ、あぶないよチーくん…。

ワイルドといえば、メッセージで特技を聞くと、ハエを箸で捕まえたことがあるとか言い出したので仰け反って「ワイルド!!!!」って叫びました。いや、ワイルドかはわからないけど、動体視力…野生か?

チアキカシマ、野生動物っぽいですよね。絶滅したはずのニホンオオカミがここに、みたいな。いやわからない。コモドドラゴンかもしれない。イリオモテヤマネコかもしれない。

あとあの人、すーぐタオル1枚で窓辺に行くし、風呂上がりとかほぼ裸体でいるの普通に落ち着かないとおもうんですけど、私は自宅ですら落ち着かないんですけど、平気そうなのでほんとワイルドだなって。ワイルドってなんでしょうね。早く服着てっていつも思います。嘘です。もっと見せて~って思います。

 

ちょっと本当に何を書いているのかわからなくなってきたのですが、第2面会は心穏やかになりました!

心穏やかで思いだした。第2面会終わってからBGNが心なしか浮かれた感じにアレンジされましたね!あれは私の心でしょうか?チアキの心を表現したとしたら、可愛すぎると思います。

 

第3面会もとてもたのしみです。

これから語られる彼の記憶、なんでも受け止める覚悟はできています。